【第2弾】第8次医療計画を読み解く ~テーマ別薬局戦略(在宅強化・かかりつけ強化)~
地域包括ケアシステムの中で調剤薬局が機能するには、将来を見据えた戦略が必要です。今回は、2つのテーマにおける薬局の経営戦略をご紹介します
薬局戦略の参考にしていただきたいのが、各都道府県が策定する「第8次医療計画」です。医療計画は厚生労働大臣の定める基本方針に則して、都道府県ごとに策定されます。都道府県によって地域の実情は異なり、医療提供体制を確保するための計画が記されています。
今回ご紹介する2つの薬局戦略では、都道府県別の差分や特徴にも触れてまいります。
各都道府県の医療計画は数百ページにわたる膨大なものとなります。まずは本記事をきっかけに医療計画を読み解くヒントを得ていただきますと幸いです。
中長期計画を立てるべき理由
調剤薬局の在り方は、門前からかかりつけ、そして地域へと変化が求められています。調剤薬局がこの変化に対応していくには、3~5年先を見据えた目標設定とも言える「中期経営計画」が有効です。
前回の記事では、第8次医療計画をもとに、地域の医療提供体制が抱える課題をみてきました。地域ごとに異なる医療ニーズの変化や医療従事者の偏在、マンパワー不足などによる諸問題への対応などでした。
このように、医療を取り巻く環境が大きく変化する中で、調剤薬局は地域においてどのような戦略を立てていくべきか、前回の記事では中期経営計画の必要性を述べました。ここからは、薬局の中期経営計画に盛り込むべき戦略をテーマ別に紹介していきます。
今回は【在宅強化】と【かかりつけ強化】という2つのテーマをみていきましょう。
テーマ別薬局戦略(1)【在宅強化】
最初に挙げるテーマ別の薬局戦略は【在宅強化】です。この【在宅強化】を考える上で大切なポイントは、地域ごとの「高齢化率と人口増減」と「ニーズの変化」です。
我が国は、超高齢社会(65歳以上の人口が総人口の21%超)に突入してから数十年が経っており、いよいよ2025年には団塊の世代が後期高齢者となります。そのような世相から「多死社会」※1という言葉も登場し、介護を必要とする方や、「看取り」という時期を迎える方が急増していくことは言うまでもありません。
※1:多死社会とは、進展した高齢化により死亡数が急増し、総人口が減少していく社会。
また、これまで日本は、国際的にみても病院のベッド(医療機関)で最期を迎える方が多い国でした。しかし近年は、終末期の療養場所に関するニーズの変化として「自宅で療養したい」と考える方が多くなり、医療機関以外の場所での療養、最期を迎える方が増加する傾向にあります。実際に、死亡の場所別の政府統計データによると、自宅で最期を迎える割合は2006年の12.2%から徐々に増加し、2022年時点で17.4%となっています。この病院のベッドから在宅への移行は、政策的な誘導による側面も当然あります。これらのことを踏まえ、【在宅強化】は薬局戦略の重要なテーマの一つと言えるわけです。
地域ごとの「高齢化率」と「人口の増減比」の比較
高齢化率や人口増減は全国一律に捉えるのではなく、地域別に深掘りすべきと言う点も添えておきます。
2000年から2025年にかけて我が国の高齢化は急速に進みました。日本全体でみると2025年時点の65歳以上の人口は3,677万人と推定され、その後も緩やかに高齢者数は増加し続けています。しかし、都道府県別の高齢者数に目を移すと、必ずしもすべての都道府県で増加しているわけではありません。
下図から都市部の高齢者人口は2025年から2040年にかけて増加し続ける様子が分かります。東京都や神奈川県をはじめとする都市部の26都道府県では引き続き高齢者数が増加しています。
一方、秋田県や山口県、鹿児島県など21県では、65歳以上の人口は2025年から2040年にかけて減少していきます。 このような状況から、自身の薬局がある地域の人口動態に合わせた戦略の調整が必要になると考えられます。
出典:国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(平成30(2018)年推計)」
需要のピークの時期を地域別に読み取る
訪問診療利用者数推計(左下図)を見ると、利用者の95%以上が65歳以上であることが見て取れます。
これを踏まえて、訪問診療を受ける患者数が最大となる年に各地域の患者分布を表した地図(右側図)を確認すると、65歳以上人口がピークアウトしている地域は、訪問診療を受ける患者数は早い段階でピークを迎えることが判っています。
具体的には、鹿児島、高知県、島根県内など65歳以上人口が減少に転じている一部地域では、訪問診療を受ける患者数が2025年までに最大となることが確認できます(右側図:赤、ピンク、黄色の地域)。一方で、東京都、神奈川県、愛知県などの大都市圏では、今後も65歳以上の人口は増加し続けますので、2040年以降に訪問診療利用者数が最大になると考えられています。(右側図:青色の地域)
大都市圏の高齢化率は地方と比較すると、今のところ低いといえます。しかし、大都市圏においても、高齢化が進むので、65歳以上の人口が増え続けている地域では、今後の訪問診療の需要は持続的に拡大することが予想されます。つまり、全国的な在宅需要の増加だけでなく、地域ごとに需要がピークを迎える時期を、定量データから推定可能ということになります。そして、推定されたデータをもとに、各行政においてどのような医療提供体制を構築していくのかが、まさに医療計画に盛り込まれています。
出典:国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(平成30(2018)年推計)」
第8次医療計画をいかに読み解くか ~埼玉県を事例として~
具体例として埼玉県の第8次医療計画についてみていきましょう。
同県の医療計画によると、地域包括ケアシステムの推進に併せて、在宅医療等※2の体制整備を進めていくとしています。その理由としては「医療や介護を必要とする県民が、できる限り住み慣れた地域で必要なサービスの提供を受けられる体制を確保することが求められます。」になります。
※2居宅、特別養護老人ホーム、養護老人ホーム、軽費老人ホーム、有料老人ホーム、介護老人保健施設、サービス付き高齢者向け住宅、その他医療を受ける者が療養生活を営むことができる場所であって、現在の病院・診療所の病床以外の場所において提供される医療を指しています。
同計画によると、同県の在宅医療等の必要量は、令和7年(2025年)は平成25年(2013年)の約1.8倍になると示されており、需要の加速が見込まれています。ちなみに、同期間の医療需要推計結果が約1.3倍であることも示されており、いかに需要が急速に高まるかを掴むことができます。
このように都道府県別の医療計画からは、在宅医療等の医療ニーズの多寡が定量的かつ経時的に読み取ることができるわけです。
テーマ別薬局戦略(2)【かかりつけ強化】
次に挙げるテーマ別の薬局戦略は【かかりつけ強化】です。この【かかりつけ強化】を考える上で大切なポイントは、「“立地から機能へ”と打ち出された政府方針」と「外来患者数の減少」です。
まずは“立地からの機能へ”という方針のなかで【かかりつけ強化】が重要となる理由を、薬局の出店戦略の歴史を振り返りながら見ていきましょう。
かかりつけ薬局の機能充実がもたらす薬局出店戦略の転換
医薬分業の進展と地域における今後の薬局の在り方
現在、全国の薬局数は6万店を超えています。コンビニエンスストアの店舗数に匹敵する程までに薬局数は増加したことは広く知られるところです。
その大きな転換点は、1970年代から開始された医薬分業の推進と処方せん料の引き上げだと言われています。
1970年から段階的に処方せん料が引き上げられたことで、院外に発行される処方せん枚数が大きく増加しました。その流れを受けて、医療機関に近接し処方せんを応需する薬局(門前薬局)が多く開設されています。
医薬分業が推進された時期(1970~2010年頃)には、院外処方せん発行枚数が右肩上がりに上昇しており、院外処方せんを多く応需できる医療機関に近接する「立地」は、薬局の出店戦略で重要視されてきました。
しかし、門前薬局を中心とした医薬分業では、患者さんがメリットを実感しにくい現状がありました。そこで、2015年の「患者のための薬局ビジョン」では、医薬分業の推進からかかりつけ薬局・薬剤師の推進への大きく舵が切られることになりました。地域包括ケアシステムの中でかかりつけ薬局として機能することが求められています。
かかりつけ薬局機能
「患者のための薬局ビジョン」では、『「門前」から「かかりつけ」、そして「地域」へ』をスローガンとして掲げ、すべての薬局がかかりつけ薬局の機能を持つことを目指しています。
患者さんはこれまで門前薬局で薬を受け取ってきました。複数の医療機関を受診した場合、患者は複数の門前薬局で薬を受け取る必要があります。しかし、かかりつけ薬剤師や薬局を持つことで、一つの薬局で薬を受け取ろうとする動機付けができます。身近なかかりつけ薬剤師の管理・指導の下、薬の効果や副作用を継続的に確認できるので、複数の医療機関を受診した場合においても重複投薬や相互作用の確認も可能となり、患者側のメリットも大きいものとなります。
地域包括ケアシステムにおいて、かかりつけ薬局が機能することは、患者さんの薬物療法の安全性・有効性が向上すると考えられています。また医療費の適正化にもつながることが期待されています。
このように今後の薬局では、目の前にある病院ではなく、地域に生活する方々に対してより質の高い医療サービスを提供することが求められ、まさにこれが門前からかかりつけへの転換であり、かかりつけ機能を発揮することと言えるわけです。
こういった実情を背景に、都道府県が作成する医療計画では、それぞれの医療・介護の状況に基づいた、かかりつけ薬剤師・薬局に対する課題設定や何らかの目標設定がされています。「県民にアンケート調査を行い、かかりつけ薬剤師・薬局を持っている割合を上昇させる」や、「全薬局からのかかりつけ状況の報告」など地域ごとのアプローチは様々です。ぜひ参考にしてみてください。
外来患者の減少局面において重要となるかかりつけ機能の発揮
かかりつけ機能の発揮が薬局経営において重要であると言えるもう一つの背景が、「外来患者数の減少」です。第8次医療計画では、2次医療圏ごとの医療受給(入院患者数、外来患者数、在宅患者数)について今後の推計を算出しており、335の2次医療圏の中で214の医療圏が既に外来患者数のピークを迎え、今後は減少局面へと進むと推定しています。
門前の医療機関が発行する外来処方せんを応需するだけでは、薬局の売上の増加を見込むことは難しくなるでしょう。
第8次医療計画事例 佐賀県
テーマ別の薬局戦略において、【かかりつけ強化】の背景、そして地域別に課題設定されている旨を先に述べましたが、その実際を、佐賀県を例にみていきましょう。
同県の医療計画では、課題の今後の対応として、かかりつけ薬剤師・薬局が地域包括ケアシステムを担う一員として機能を発揮することについて言及されています。佐賀県における薬局の現状を見てみると、薬局数は人口10万人あたり全国1位です。また、医薬分業率は83.0%(2022年度)と全国9位の高い水準です。
出典:厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師統計」
ところが、いわゆる門前薬局で薬を受け取る患者さんはまだ多く、全体として「かかりつけ薬剤師・薬局」の機能が十分に発揮されていないことが課題として明記されています。言い換えれば県がかかりつけ薬局・薬剤師の機能を果たすことを期待しているわけです。このように、医療計画から地域の医療課題やニーズを知り、中期計画の参考にすることができます。
投薬患者数の減少や外来処方せん枚数の減少が見込まれる中でも、「かかりつけ薬剤師・薬局」という地域の課題やニーズに応えることは、処方せん枚数の確保につながる可能性があります。また、結果的に経営の持続的な下支えにも寄与するのではないでしょうか。
まとめ
日本全体の人口は確かに減少局面を迎えておりますが、第8次医療計画に目を向けることで、漠然とした体感的な環境変化から、定量的かつ経時的な変化を論理的に予測することができます。そこから、各医療圏に応じたテーマが浮かび上がり、薬局戦略も描くことができるでしょう。そして、行政が具体的に記載している薬局への期待も、重要なポイントになると言えます。
本記事で紹介したテーマでは、今後も持続的に高齢者数の増加が予想される地域では「在宅戦略」を、近い将来に外来処方せん枚数が頭打ちとなる地域では「かかりつけ強化」によって基盤となる処方せんの応需を目指した戦略について説明してきました。
次の記事では、薬局の中期経営計画のお役に立てるよう、特徴的な都道府県の医療計画について深く解説を試みたいと思います。該当する地域の方もそうでない方にとっても、ご参考頂けるものをご提供したいと思います。どうぞ楽しみにしていてください。
厚生労働省 医療と介護の連携に関する意見交換(第1回)「看取り」
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12404000-Hokenkyoku-Iryouka/0000156003.pdf
e-stat 人口動態調査 政府統計データ 死亡の場所別にみた年次別死亡数(2021)
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450011&tstat=000001028897&cycle=7&year=20210&month=0&tclass1=000001053058&tclass2=000001053061&tclass3=000001053065&result_back=1&tclass4val=0